「光る君へ」を見るなら「源氏物語」を知る必要がある理由【2024年NHK大河 吉高由里子主演】

2024年1月から始まるNHK大河ドラマが「光る君へ」に決まりました。主人公の紫式部に吉高由里子さんを配し、きらびやかな平安王朝と貴族のドラマが描かれると期待が高まっています。

紫式部は「源氏物語」の作者でもありますが、NHK大河ドラマ「光る君へ」を見るなら「源氏物語」を知っておく必要があると言われているのはなぜでしょうか。

また源氏物語は光源氏を主人公に権力闘争や恋愛、結婚から死を迎えて息子の代までを描く長い物語ですが、見どころはどこにあるのでしょうか。まとめてみたいと思います。

紫式部の「源氏物語」の主人公 光源氏は藤原道長をモデルにしている

藤原道長は平安時代中期の公家で、関白・藤原兼家を父に966年に生まれました。

平安時代は「摂関政治」と呼ばれた摂政と関白が力を持って世の中を動かしていました。
本来は成人後の天皇を補佐する務めではありますが、この時代では「天皇を思い通りに操り」実権を握っていました。

そもそもは兄 道隆と道兼が非常に有力であったために影の薄い存在でしたが、兼家の死後に摂関を継いだ兄たちが急に病気となって死ぬと、道隆の嫡男(正室の生んだ最初の男子)である伊周との政権争いに勝利すると、政権を掌握。さらに995年の長徳の変で伊周を失脚させ、左大臣に上り詰めました。

また権力の地固めのために、自らの娘たちを天皇の妃や皇后にさせ政略結婚をさせました。

正妻の娘たちで言えば、藤原彰子は一条天皇の中宮(皇后)に、藤原妍子は三条天皇の中宮(皇后)に、そして藤原威子は後一条天皇の中宮(皇后)、そして藤原嬉子は後朱雀天皇の東宮妃となったが出産後にはしかにかかり19歳で急逝したため、皇后にはなれませんでした。

豪放磊落で細かい事を気にしないおおらかな性格で文学の愛好者で、紫式部や和泉式部を庇護。

紫式部が書いた「源氏物語」に出てくる貴族が自分をモデルにしているとして(光源氏がモデルだった可能性もあると言われています)、執筆を急かしたとも言われています。

実際に光源氏は天皇の次男として生まれ、兄帝に入内する予定の女性との関係をやめられなかったことで僻地に追いやられ、禊ぎを落として都に再び戻ります。

そして娘を天皇に入内させ強い権力基盤を作っていくところなどは、藤原道長の人生と重なる部分があります。

光源氏の不倫・ロリコン・略奪愛…が全部詰まった源氏物語の見どころをカンタン解説

「源氏物語」は数々の女性たちとの恋愛模様が描かれており、これが1番の面白さがあるのではないでしょうか。

源氏は恋もおおらかで、美人だけを愛したとかではなく様々な女性とその在り方を受け入れて愛しました。

恋愛のあり方も、略奪愛から不倫、平安時代の「完全なる飼育」まで多種多様。

光源氏を取り巻く主な女性を紹介してみたいと思います。

光源氏の理想の女性=藤壺、永遠の恋人を追いかけ続ける一生

「源氏物語」の源氏の愛する女性像の根幹にあるのが、父帝の皇后であった「藤壺の中宮」です。

もともとは源氏の母である「桐壺の更衣」に似ていて慕っていましたが、次第に恋心に変わっていきました。

そして藤壺が病で宿下がりをしていた時を狙って関係を持ち、のちの冷泉帝が生まれることになりました。

また源氏の生涯連れ添った妻とも言える紫の上や晩年に朱雀帝から託された女三の宮を自らの妻に引き受けたのも共に藤壺の姪であったからで、まさに光源氏の理想の女性=藤壺であることがわかります。

初恋で永遠の恋人 藤壺と血のつながった若紫を手塩にかけて育てて理想の女性に

紫の上は、父は兵部卿の宮(藤壺の中宮の兄)でありながら正妻の子供ではなかったばかりに冷遇され、母の死後は祖母である北山の尼君のもとで育てられました。

源氏との出会いは源氏が病気療養で北山に来ていた時に、隙間から垣間見た紫の上が藤壺の中宮に生写しであったことから一目で惹かれ、執着を見せるようになります。

この時紫の上はまだ幼い子供でした。

北山の尼君の死後は父に引き取られるはずでしたが、源氏が奪取して二条院の屋敷で大切に育て葵の上の死後に正妻と同様の扱いをしてきました。

源氏の子供を産んだ明石の上に嫉妬したり、源氏の他の女性にも度々嫉妬する事がありましたが、紫の上が最も衝撃を受けたのが女三の宮の降嫁でした。

これまで長い間、正妻と同様の扱いをされてきた紫の上にとって女三の宮が正妻として屋敷に連れてきた源氏との信頼関係が揺らぎ始め、悩みから体調を崩すようになります。

源氏は紫の上の悩みを理解する事なく出家の希望も許さず、とうとう紫の上は亡くなってしまいました。

亡くなった後に源氏はやっと紫の上の孤独や苦しみが理解でき、一年もの間にわたって紫の上を忍び続けました。

理想の最愛の女性に対して完璧であるというレッテルを貼って女性としての嫉妬からくる孤独や感情を見ないようにしてきた事が、最終的に紫の上の苦しみを生んでしまったのかも知れません。

これだけ完璧で愛されても孤独や嫉妬から解放される事がないとはなんと皮肉なことでしょう…。

人生の終わりが近づきつつある時に愛する男性とすれ違い、修正できないままこの世を去らなければならない紫の上の身上に、女性読者は涙すること間違いありません。

権力者の娘や天皇に嫁ぐ予定の女性とも関係を持つ

源氏初期の政敵である右大臣の妹にして桐壺帝の后で朱雀帝の母であった弘徽殿の女御。

その妹である朧月夜の君は朱雀帝に嫁ぐ予定でした。

二人は宮中の桜の宴で出会い男女の関係となりましたが、のちに関係が発覚。朱雀帝への入内が取り消しになりました。

入内はできなくなったものの、内侍として弘徽殿に移りました。

勝ち気で華のある美人であったため朱雀帝から寵愛を受ける一方で彼女は源氏との関係も続けていましたが、源氏が須磨に流される一因でした。

朱雀帝は「こんな美人が光源氏を好きになるのは当然で、自分の魅力は光源氏に及ばないから朧月夜が浮気しても仕方ない」といって朧月夜を咎めませんでした。

六条御息所で年上女性の怖さに触れ、その生き霊が妻を呪い殺す

六条御息所は源氏物語の中で出てくる源氏の恋人のうちで最も早い時代の恋人で、プライドが高く源氏より年上(7歳上説と17歳上説あり)、気品や教養、知性、身分などが優れすぎているために光源氏が次第に持て余すようになります。

しかし六条御息所は逆に光源氏にのめり込み嫉妬し独占したい欲にかられるも、年も上だしそんな姿を見せてるなんてみっともなくてできないと押し殺していました。

この押し殺していた念が生き霊となり夜ごとに幽体離脱して源氏の女たちに仇討ちする姿が描かれています。

源氏の正妻 葵の上と葵祭の場所争いで葵の上の使用人にバカにされたことから恨んで葵の上に取り憑き、その後葵の上は出産により命を落とします。

自らの激しい嫉妬心に後ろめたさを感じつつも、もはや戻れずに強い念が生き霊となって身体から抜け出してしまう、まさに女性の愛に対する恐ろしさがわかる存在となっています。

光源氏は容姿だけではなく人柄も見て女性を選んでいる

一人目は父 桐壺帝の妃の麗景殿の女御の妹である花散里という女性です。

源氏が若い頃から関係があった女性で、容貌はそれほど美しくないものの性格がよく慎ましく、裁縫や染め物ができる非常に家庭的な女性です。

源氏に頼まれて彼の息子の夕霧と玉鬘の母親がわりとなるなど、人として強く信頼されている。

そして末摘花という女性を忘れてはいけません。

「零落した悲劇の姫君」に興味を駆り立てられた源氏が友人の頭中将と競って逢瀬を果たしたが、ある日垣間見た顔があまりにも醜く驚いたが、あまりにも貧しい暮らしに手を差し伸べることに。

世間知らずな言動で度々源氏を困らせるも、頑なだが素直で一途な心持ちで源氏を思っていることから妻として屋敷へ引き取りました。

権力闘争に負けて飛ばされた場所で明石の上と出会い、子を持つ

話は戻って朧月夜との度重なる逢瀬に朱雀帝は責めることはなかったが、右大臣と母 弘徽殿の女御の知るところになると激しい怒りを買い、須磨へ流されるきっかけになってしまった。

明石に定住すると明石入道の屋敷で世話になることになる。

明石入道は自分の娘が将来帝と后を生むという夢のお告げを信じて、娘をとても田舎では育てたとは思えないほど教養と気品高く育てました。

やがて源氏を手引きして源氏が京に戻った後に女児が生まれるが、やがて紫の上の養女として引き取られていきます。娘の将来を考えて正妻同等の紫の上の娘として育てられた方が、娘のためになると考えた親心からもう二度と会えないかもしれないと断腸の思いで別れを決めました。

しかし娘が成人し入内をきっかけに母娘対面が実現し、長年わだかまりがあった紫の上とも娘を通して友情を育んでいる様が描かれています。

晩年に女三の宮を託され、紫の上を大いに悩ませる。親友の息子と三角関係となる。

光源氏死後の「宇治十帖」で兄帝の息子と自分の息子が一人の女性を巡って争う

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